言葉を発酵させる ― ジャーナリング・アプリ《Oryzae》を公開しました
書くという行為は、ずいぶん前から自分の研究関心の中心近くにあります。日記というのは、もっとも私的でありながら、もっとも対話的な営みです。ノートに綴られた一日の断片は、しばらく寝かせると、書いた本人にとってさえも別人の声のように響きはじめる。時間が、言葉を発酵させるのです。
このたび、共同開発者の上妻優生さんとともに、ジャーナリング支援アプリ 《Oryzae(オリゼ)》 を一般公開しました。
Oryzaeという名前は、麹菌 ― Aspergillus oryzae ― から取っています。米や大豆を、ゆっくりとした時間のなかで別のものへと変容させていく、あの目に見えない協働者たちのことです。サービスのタグラインに据えた「Aspergillus oryzae for words.」は、言葉に対しても同じことが起こりうるのではないか、という仮説でもあります。
《Pickles》からのつづき
Oryzaeは、以前リリースした《Pickles》というジャーナリング・サービスの考え方を引き継ぐものです。Picklesでは、ユーザーが書き溜めた日記から、AIが週に一度、その人自身に宛てた手紙を返してくれる、という設計を試みました。書くこと、寝かせること、読み返すこと ― この三つの時間を分けることで、自己との対話に厚みが生まれてくる。そのことを、ユーザーの方々の言葉から少しずつ教わってきたのです。
Oryzaeでは、その経験をふまえながら、もう少し日常に寄り添うかたちでインターフェースを組み直しています。書き手と書かれたものとのあいだに、AIをただの「要約者」や「アドバイザー」としてではなく、もう一人の発酵媒介者として置けないか ― そんな問いを軸に据えています。
生成AIの時代に、書くこととはなにか
生成AIが書く速度を圧倒的に加速させているこの数年、自分はかえって、書くことの「遅さ」のほうが気になっています。日記は、誰にも届けることを前提としない、もっとも遅い表現の一つです。Oryzaeが目指すのは、書く速度を上げることではなく、書いたものが熟成するための場と時間をきちんと確保することなのです。
便利さや効率の対極にこうしたゆっくりとした営みを位置づけ直すことは、いま自分にとっての持続的ウェルビーイング研究の宿題のひとつでもあります。Oryzaeはまだ小さな実験的サービスですが、よければぜひ使ってみて感想を教えてください。
