Ferment Media Research / 発酵メディア研究
FMR / 発酵メディア研究は、研究者のドミニク・チェンが大学で主催するゼミの名称であると同時に、多様な共同研究者やプロジェクト協力者たちと学術研究、展示、ワークショップ企画などを展開する活動グループの名称でもあります。この名称の由来は、2017年のWIRED日本版のウェブ連載のタイトルとして使用しはじめましたが、その後ぬか床ロボットNukabotの研究開発チームの屋号として用い、2021年からは早稲田大学文化構想学部のゼミ名称にもなりました。
発酵メディア研究とは、サンダー・キャッツ著・水原文訳『メタファーとしての発酵』(オライリー・ジャパン)のように、物理的な発酵微生物たちの生態から人間の生きるヒントを得ながら[発酵]メディア論的により望ましい情報技術の在り方[メディア]を研究する態度を表明する用語です。
わたしは博士課程でコミュニケーションに関わる情報を生命システム論的に捉え、設計する方法を研究した後、ITスタートアップを起業し、多数のウェブサービスの設計と運営に携わってきました。その中で、現代の情報技術産業には利用者のウェルビーイングを第一に捉える視座が欠けていることに気づき、人間の生にとってより善いテクノロジーのかたちを構想するための思索をはじめました。この過程と並行して、共に会社を創業した仲間からいただいたご縁で、発酵食文化の驚異にも心を奪われました。そして、発酵微生物たちの存在をより身近に感じたい一心で、しゃべるぬか床ロボットの研究開発をはじめました。発酵について調べていくうちに、発酵文化には人間中心主義的な制御の思考から脱却して世界の認識を改めるヒントを多く見つけました。
FMR / 発酵メディア研究では、人文科学、自然科学、そしてデザインと工学の知見を有機的に結びつけながら、物理的な発酵現象に限定せず、メタファーとしての発酵概念についても思考を深めながら、日常における人間とテクノロジーの新しい関係性をデザインしようとしています。
ドミニク・チェン
1981年生まれ。フランス国籍。博士(学際情報学)。2017年4月より早稲田大学文学学術院・准教授、2022年4月より同大教授。テクノロジーと人間、そして自然存在の関係性を研究。
2004年より、NTT InterCommunication Center[ICC]にて、文化施設としては世界で初めてコンテンツを全てオープンライセンスで公開した映像アーカイブHIVEを立ち上げる。同じ頃より、日本でクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの普及促進の活動を開始し、2007年には特定非営利活動法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン設立理事(現在はNPO名称はコモンスフィアに変更)。2008年4月に株式会社ディヴィデュアルを共同創業し、多数のウェブサービス、スマホアプリ開発の企画、ディレクションを行う。2008年IPA未踏IT人材育成プログラム・スーパークリエイター認定。日本におけるクリエイティブ・コモンズの普及活動によって、2008年度グッドデザイン賞を受賞。2015年、2016年と連続でApple Best of AppStoreを受賞。
2016~2018年度グッドデザイン賞審査員と共に「技術と情報」(2016)「社会基盤の進化」(2017)フォーカスイシューディレクター、ユニット14「一般・公共向けソフト・システム・サービス」ユニットリーダー(2018)、香港・中国ユニット審査員(2017、2018)を務める。その後、3年間の休止を経て、2022年度に「わたしたちのウェルビーイングをつくるデザイン」フォーカスイシューディレクターおよびユニット7「映像音響機器」ユニット審査員。2020年10月から2021年6月まで、デザイン展示施設21_21 DESIGN SIGHTにて「翻訳」の概念を拡張する企画展『トランスレーションズ展―わかりあえなさをわかりあおう』の展示ディレクターを務めた。
ぬか床ロボット『Nukabot』をXXII La Triennale Milano『Broken Nature』展(2019.3.1~9.1)、21_21 DESIGN SIGHT『トランスレーションズ展』(2020.10~2021.6)、日本科学未来館ビジョナリー展『セカイは微生物に満ちている』(2022.4~2023.9)などに出展。あいちトリエンナーレ2019『情の時代』展(2019.8.1~10.1)では、2000人以上から遺言の執筆プロセスを集めたインスタレーション『Last Words / TypeTrace』(#10分遺言)を出展。同作はその後、台湾のJUT ART MUSEUM『LIVES』展(台北、2022.3~7)、Pier-2 Art Center『YOLO』展(高雄、2022.12~2023.4)、東京の『END』展(2022.5~6)に出展した。
主な著書に、『コモンズとしての日本近代文学』(イースト・プレス、2021)、『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社、2020、第三回八重洲本大賞受賞)、『謎床:思考が発酵する編集術』(晶文社、松岡正剛との共著、2017)、『電脳のレリギオ:ビッグデータ社会で心をつくる』(NTT出版、2015)、『インターネットを生命化する:プロクロニズムの思想と実践』(青土社、2013)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック:クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社、2012)等がある。監訳書に『メタファーとしての発酵』(オライリー・ジャパン)、『ウェルビーイングの設計論―人がよりよく生きるための情報技術』、監修書に『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために―その思想、実践、技術』(共にBNN新社)など。技術書としては『作って動かすALife:実装を通した人工生命モデル理論入門』(オライリー・ジャパン、2018)を東京大学・池上高志、筑波大学・岡瑞起らと共著で刊行。