『プレイグラウンド』リチャード・パワーズ著(新潮社)
「遊ぶAI」我ら揺さぶる
「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん」。平安末期に後白河法皇が編んだ『梁塵秘抄』に収められたこの今様は、遊ぶ子どもの声を聞いて我が身さえも揺さぶられると詠う。本作を読みながら、八百年前の歌が問いかける「遊び」の本質について考えていた。
物語の舞台は、南太平洋に浮かぶフランス領ポリネシアのマカテア島。かつてリン鉱石採掘で収奪された歴史を持つこの島に、IT長者が海洋都市建設計画を持ち込む。詩人ラフィと暮らす芸術家イナ、ラフィの旧友で巨大SNS「プレイグラウンド」を創り上げたトッド、生涯を海に捧げてきた海洋生物学者イーヴリン。四人の人生が絡まり合い、過去と現在を往還しながら物語は進んでいく。
著者は遊びを生命そのものとして描く。海中で魚たちが見せるダンスは遊びと区別がつかない。イルカや昆虫でさえ遊ぶ。遊びは発見と創造の源泉であり、人間だけの特権ではない。
コンピューター黎明期から技術者たちを突き動かしてきたのも、世界を創り出したいという純粋な遊び心だった。それは海の神秘を解き明かそうとする科学者の好奇心と繋がっている。しかし遊びには影もある。子どもの遊びが時に残酷であるように、人間の「遊び」は海を汚染し、生態系を破壊し、分断を生みもする。しかしパワーズは、人間もまた、この広大な遊び場で戯れる生命の一部であるという眼差しを最後まで手放さない。
物語の終盤で、読者は「遊ぶ子どもの声」ならぬ「遊ぶAIの声」を聞いていたことに気づく。その声に心を動かされていた自分を発見した時、梁塵秘抄の「我が身さへこそ揺がるれ」という言葉が惹起された。AIが紡ぐ物語に揺さぶられる時、私たちは何に触れているのか。本書はその問いを開いたまま読者に手渡す。人新世におけるテクノロジーの意味を考えるための一冊。木原善彦訳。(4950円)
