『人新世再入門 その本質を多面的にとらえる』J・A・トーマス/M・ウィリアムズ/J・ザラシェヴィクシュ著(名古屋大学出版会)
地球の危機 現実突きつけ
人類の一員であることに希望と誇りを持てる時代は過ぎ去った。私たちは世界の中心に存在し運命を自己決定できる例外的な種ではなく、生物圏からエネルギーを吸い取り過ぎて自らの生息環境を破壊している寄生生物と化した。
本書はそんな冷徹な「人新世」の現実を、膨大な学術的エビデンスと多面的な学術的議論を織り交ぜながら、読者に突きつける。人新世とは、2000年に大気化学者クルッツェンによって提唱されて以来、世界中の地質学者たちによってその有効性が実証されてきた概念だ。それは地球の45億年の歴史上で初めて、単一の生物種が地球システムの活動に影響を及ぼしていることを示す。人類擾乱とも呼ばれるこの現象は、20世紀半ば以降の都市人口、エネルギー利用、大規模ダム数、水利用、肥料消費、交通量といった人間活動と、二酸化炭素、メタン、海洋酸性化、地表温度、漁獲、熱帯林と陸域生物圏の損失といった地球システム活動の指標が同時にかつ急激に上昇していることからも明白な事実として科学コミュニティに認知されている。
大加速とも呼ばれるこの変化はしかし、日々の生活では実感できない。本書はそんな摑みどころのない人新世の実態を物質的に理解させてくれる。まず、地質学的な歴史の概要から入り、その中で人新世がいかに新しい現象であるかが説明される。例えば、人間が作り出した人工物の総量は30兆トンに達し、地球表面の1メートル四方毎が厚さ数十センチ、重さ50キロの 堆積物で埋められている計算になるという。
人新世が要請する人間の変化は、諸人文科学や経済学の議論からも捉える必要がある。歴史学者チャクラバルティは、人間が自然の中の存在であると同時に、自然の一部としての存在でもある事実を引き受ける困難を指し示す。そのためには公平な資源分配を実現する政治体制を確立し、個々人が二酸化炭素の排出を減らして、生態系の健康を支えるという手立てがある。人類は今、人間中心的な時間から地球システムの「深い時間」へ同調する段階を生きている。加三千宣訳。(3850円)
